柴田雄次
しばた ゆうじ
SHIBATA Yuji
 
1882-1980
東京市神田駿河台(現在の東京都千代田区)に生まれる。
大正・昭和期の日本の指導的化学者。分光学的手法を使って錯体化学、生化学を研究。地球化学を日本に導入。

経歴と業績

 1904年(22歳)、東京帝国大学理科大学化学科に入学し、1907年に卒業。1910年1月に母校の講師になるとともに、同年5月、桜井錠二に命じられて無機化学の講義を担当するためにヨーロッパに留学し、ライプチヒ大学ハンチ、スイスのチューリッヒ大学のウェルナー、パリ大学のユルバンのもとで学ぶ。1913年10月に帰国して、東京帝国大学化学科無機化学講座助教授に就任。1917年7月、金属錯塩の吸収スペクトルの研究で理学博士。1919年、教授に昇任。名古屋帝国大学の創設にかかわり1942年名古屋帝国大学理学部長。戦後の1949年東京都立大学の初代総長になり、57年まで務めた。1962-70年、日本学士院院長。1980年1月28日、98歳で長逝した。
 非常に早くから化学研究に分光分析器を用い、金属錯塩の酵素的酸化還元作用に関する研究や植物色素の吸収スペクトル分析、希土類を含む鉱石の研究などを行った。また古文化財の化学的研究も行っている。
(写真:共同通信社提供)