|
田中芳男
たなか よしお
TANAKA Yoshio
1838-1916
信濃国下伊那郡飯田中荒町(現在の長野県飯田市)に生まれる。
わが国の博物学の草分け。殖産興業を推進。上野公園を設計し、博物館、動物園を造る。
経歴と業績
| 1856年(17歳)、伊藤圭介の門に入り本草学などを学ぶ。1862年(23歳)、幕府の蕃書調所(のちの開成所)に出仕する。圭介の伴をしてシーボルトを訪ねる。開成所付置の物産所で殖産興業の発展を探る。1866年(28歳)、幕府よりパリ万国博覧会への出張を命ぜられる。1870年、物産局(のちの勧業寮→農商務省→農林省・商工省<通産省>)を創設する。1875年、博物館、動物園などをもつ上野公園の設立に尽力した。1881年、大日本農会(現在の大日本農学会)、1882年、大日本水産会と大日本山林会の創設に尽し、日本での農学と農林水産業の発展に貢献した。
|
|