主要な業績の説明
 糸川の研究は、航空機、医療電子機器、音響学、宇宙ロケット、海洋工学等の工学的な分野のほか、組織工学、システム工学、さらには自ら創り出した種族工学のように、文化人類学や社会工学のような範囲におよぶ。その研究の特徴の一つは、実際に新しいモノを創造したことである。これは糸川の工学者(エンジニア)としての本領である。もう一つは、人間臭い社会的な現象について発見あるいは再発見し、解きあかす科学者の見方で、その集大成は一つの哲学である。しかし、ここで説明する業績にはその哲学的なものは含めない。

●航空機設計法
 大学で、音速飛行で問題となる空気の圧縮性について「円筒の抵抗に及ぼす空気の圧縮性の影響」という卒業論文を書いた。九七式戦闘機のプロペラと主翼の設計を手始めに、空力設計者として「隼」「鍾馗」等の戦闘機の設計に参加した。当時は、空中戦のための運動性能の良さが要求され、このために糸川はとくに空戦フラップを発明した。「航空機の設計者はパイロットと仲良くなるべし」がモットーの設計者であったが、後年は特攻機などの非人道的な技術に反発して、無人誘導弾の試作に没頭しホーミング、ビームライダー、慣性誘導など先行的な技術を手がけた。エンジンの排気ガスを推進力に使うジェットエンジンの発想は、ホイットルの発明より2年早かったが、有効な支援がなく実現しなかった。

●医用電子機器開発研究と音響学
 戦前の航空技術を戦後は医学に応用する研究に転じ、脳波診断器を開発、東大病院と東京国立第一病院、同第二病院で実用化した。さらに、清水健太郎教授の発想による麻酔深度計の研究のため渡米して、名門の大学と研究所を歴訪し、シカゴ大学では麻酔深度測定の論文を認められ、講義をした。滞米期間は約半年で、草創期のアメリカの宇宙開発の一端に触れたようだ。また、音響学を応用物理学のテーマとして選び、「名器としてのバイオリン」という研究を行い、自らもE弦の音の出しやすいバイオリンを製作し、のちにヒデオ・イトカワ号と命名して、名バイオリニストのメニューヒンに弾いてもらっている。

●宇宙ロケットと組織工学
 講和条約締結により航空の禁止が解除されたので、1954年、糸川は直径が18mm、長さが23cmのペンシルロケットで研究を開始した。小さなロケットに大がかりな研究班を組織したのは、ロケットによる宇宙観測が多くの専門家を必要とする「学際技術」になると予測して、組織工学を実験する目的もあった。1957-58年の「国際地球観測年」(IGY)の学術事業では、南極基地の設営と「ロケットによる超高層大気観測」がわが国の二本柱であった。糸川のロケット研究チームは後者を担当し、ほとんどゼロから始めて短期間で高度60kmまでの大気観測に成功した。このロケットはK(カッパ)-6型ロケットであった。