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大河内正敏
おおこうち まさとし
OKOUCHI Masatoshi
1878-1952
旧大多喜(現在の千葉県)藩主の長男として東京都港区に生まれる。
理化学研究所を再建し、多数の研究者を育成。また科学と産業を融合させた理研コンツェルンを創設した。
経歴と業績
1903年(25歳)東京大学工学部造兵学科(兵器を研究する学問)を首席で卒業、同大学講師となる。1910年寺田寅彦と共同で弾道実験を行う。翌年東京大学教授。同年工学にはじめて物理学実験を導入して、工学全体の近代化を図った。1915年貴族院議員に初当選、以降議員として基礎科学の拡充を産業政策の基本に据えるよう努力する。1918年理化学研究所研究員、21年所長に就任、破綻に瀕していた研究所を再建した。以後45年まで所長を務め、博士を多数輩出、世界有数の研究所にまで育成した。
研究所の研究費を捻出するために発明の工業化を自ら実践し、1927年に創立した理化学興業を手始めに、ベンチャー・ビジネス型企業グループ、理研コンツェルンを創設した。
(写真:『リケン30年史』リケン(1980年),p.24より)
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