平賀 譲
ひらが ゆずる
HIRAGA Yuzuru
 
1878-1943
東京市に生まれる。
造船学者。旧日本海軍の戦艦「長門」「陸奥」などの設計者。

経歴と業績

 1901年、東京帝国大学工学部造船学科を卒業、海軍造船中技士に任官。1905年、英国海軍大学校に留学し造船技術を学ぶ。1908年に帰国、戦艦「山城」の設計主任として艦船構造に新技術を採用、さらに「長門」「陸奥」など主力戦艦の基本設計を手がけ「軍艦の父」と呼ばれた。ワシントン条約(1921-22年)による戦艦の建造中止後は、巡洋艦「夕張」「古鷹」「妙高」などを設計した。その後、海軍技術研究所に転じ、のち所長を務めた。
 1918年、東大工学部船舶工学科教授を兼任して軍艦の設計・構造などの講義を担当。1931年東大教授専任、1935年工学部長、1938年総長になり、在職中に66歳で死去。1919年工学博士、1926年海軍造船中将。1928年帝国学士院賞を受賞、1934年「木板、船体模型の摩擦抵抗に関する実験的研究」に英国造船協会から金牌を贈られた。

(写真:共同通信社提供)