池田敏雄
いけだ としお
IKEDA Toshio
 
1923-1974
東京市本所区東両国にて出まれる。
コンピュータ国産化のパイオニアの一人。日本の情報産業の発展に天才的技術者として多大なる功績を残した。

経歴と業績

 1946年、東京工業大学電気工学科卒業、富士通信機製造(現在の富士通)株式会社に入社。通信機の研究・開発部門にて電話機のダイヤルの数値解析において、天才的技術者としての資質を現す。1952年より、コンピュータの独自開発のプロジェクトに従事し、1954年10月、わが国第1号のコンピュータ「FACOM100」の開発に成功した。以降も、コンピュータ「FACOMシリーズ」の開発と情報産業の発展に多大な貢献を残した。1961年に東京工業大学より工学博士号を授与され、1970年に恩賜発明賞、1971年に紫綬褒章を受賞。
 富士通株式会社においては、1964年電算機技術部長、1970年取締役、1972年常務取締役を歴任。1974年に51歳の若さで急逝。死後、専務に昇格。
(写真:富士通提供)