トランジスタ生産において、先発メーカーとしてのソニーが後発大メーカーに生産量が追い抜かれた時、大宅壮一が、「ソニーは他社のモルモット」的存在だと発言。一時は憤慨した井深だが、ソニーはモルモットすなわち先駆者、開拓者をもって任じること、その精神の大切さを社内外に宣伝している。井深は、ソニーを日本一、世界一大きなメーカーにしたいとは考えない。今までにない誰も経験したことのない新製品、いいものを作って、世に出すことを念頭におく。ソニーしかできないことを次々に開拓すること、商売にならないものを商売にしていくこと、ハード一辺倒より新しいソフトの開拓、といったことをソニーの宿命と考えており、ナンバーワンよりオンリーワンの企業を目指した。
1946年の東京通信工業設立式において、井深は次のように語った。「大きな会社と同じことをやっていたのでは、われわれはかなわない。しかし、技術の隙間はいくらでもある。われわれは大会社ではできないことをやり、技術の力で祖国復興に貢献しよう」。その言葉どおりに井深は、ソニーをベンチャー企業の先駆けとして大きく発展させ、わが国のエレクトロニクス産業の代表格の一つに育て上げた。
交友、師弟
島茂雄(早大時代の同輩)、盛田昭夫(無二の親友、共にソニーを設立)、江崎玲於奈(ノーベル賞受賞者)、大賀典雄、出井伸之(以上2名はソニーの後継者)、本田宗一郎(本田技研工業創業者)、片岡勝太郎(アルプス電気会長)、牛尾治朗(ウシオ電機会長)、ほか多数
著作、資料
●著作
『私の履歴書』日本経済新聞社(1963年)
『0才児からの母親作戦』ごま書房(1979年)
『わが青春論“創造への旅”』佼成出版社(1985年) など多数
●資料
手島悠介『夢を実らせた空想科学少年』佼成出版社(1986年)
島谷康彦『人間 井深大』日本工業新聞社(1993年)
幼児開発協会編『井深 大の幼児教育語録』ごま書房(1998年)
立石康則編著『井深 大とソニースピリッツ』日本経済新聞社(1998年)
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