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岡部金治郎
おかべ きんじろう
OKABE Kinjiro
1896-1984
愛知県名古屋市生まれ。
分割陽極型マグネトロン、大阪管などを発明し、マイクロ波の応用化を進めた、わが国電子工学の先駆者。
経歴と業績
郷里の名古屋高等工業学校紡績科を卒業したのち、1919(大正8)年東北帝国大学理学部に進学し、その後、新設の工学部に移り、1922年電気工学科の第1回生として卒業。卒業と同時に講師となり、1925年3月に助教授に昇進。家庭の事情から、母校名古屋高等工業学校教授(1929年)に転じたが、1935(昭和10)年に、大阪帝国大学理学部の創設に当たり、恩師八木秀次教授の要請により大阪に移り、助教授(1935-39年)に、つづいて、1939年教授(1939-56年)に就任。この年、付設産業科学研究所が開設されて、その無線通信部門を担当。1951年から同研究所所長に就任し、1956年に退官。そのあと、1972年まで近畿大学教授、工学部長を務め、1972年退職。
(写真:岡村総吾『電子管の歴史』オーム社(1987年),
p.150より) |
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