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古賀逸策
こが いっさく
KOGA Issaku(本人の署名はIssac)
1899-1982
佐賀県田代村(現在の鳥栖市)に7人兄弟の長男として生まれる。
電気通信分野で活躍。古賀カットと呼ばれる水晶による振動子の発明、これを利用した無線送信装置や水晶時計の発明で有名。
経歴と業績
| 第五高等学校大学予科を経て、1920年7月(20歳)、東京帝国大学工学部電気工学科に入学。日本の大学における無線工学の研究・教育の先覚者であった鯨井恒太郎の指導のもと、水晶振動子の研究に従事。1925年8月、ラジオ放送事業の推進を目的に設立された東京市電気研究所(1925年設立、所長鯨井恒太郎)に技師として就職。1926年には秘密通信の研究から「分周器」という周波数を整数倍に変換する装置を発明した。1929年4月、鯨井の勧めで、改組した直後の東京工業大学(1929年に東京高等工業学校から改組)に助教授として移った(1929-46年7月、1946年-58年の時期は兼任として在籍)。1930年4月30日には、「水晶発振器の特性」と題する論文により博士号を取得(東京帝国大学)。1932年には、水晶をある角度で加工することにより、温度による変動が小さい水晶振動子を発明。加工法の特徴からR1板、R2板あるいは「古賀カット」と呼ばれた。古賀はこの水晶振動子を、無線通信における電波の周波数を制御する装置(水晶発振器)に利用したり、正確な時計(水晶時計)に利用した。1944年からは東京帝国大学工学部電気工学科に新設された通信工学第一講座に兼任教授として在籍した(1944-46年、1946-60年。後者の時期には専任として在籍)。
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