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高柳健次郎
たかやなぎ けんじろう
TAKAYANAGI Kenjiro
1899-1990
静岡県浜名郡和田村(現在の浜松市)に生まれる。
日本のテレビ技術の開拓者。世界初の電子式テレビと現在も使われるテレビ受像ブラウン管の方式を発明。
経歴と業績
1921年3月(22歳)、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)附設工業教員養成所電気科を卒業し、神奈川県立工業学校(現在の神奈川県立神奈川工業高校)の教諭となる。1924年(25歳)5月、創立直後の浜松高等工業学校(現在の静岡大学工学部)電気科助教授に転ずる。ただちにテレビジョンの研究を始め、1926年12月、世界で初めて電子式受像装置(ブラウン管)による受像に成功。1929年、テレビ受像用高真空多極ブラウン管を発明。1930年(31歳)、積分法による電子式撮像方式を発明。テレビの撮像・受像実験を公開、同校教授に昇任、新設「電視研究室」主任となる。1937年8月、オリンピック東京大会のテレビ放送準備のため浜松高工の研究者・技術者18名を伴い、NHK技術研究所に第三部長として出向(1938年7月、東京オリンピック中止決定)。1942年、海軍技師を兼務し、海軍第二技術廠(しょう)で航空用レーダー開発に従事。1946年7月(47歳)、海軍時代の部下20余名(元技術将校ら)を伴い日本ビクター(株)に入社、技術部長としてテレビ研究を再開。1959年、世界初の2ヘッド・ビデオ再生方式(現在普及しているビデオ再生方式)を発明。1961年、第1回世界テレビ祭典賞受賞。1970年、日本ビクター副社長に就任。1980年(81歳)、文化功労者章受章、1981年、文化勲章受章。
(写真:高柳記念電子科学技術振興財団提供) |
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