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日本の科学者・技術者100人
100 Scientists & Engineers in Japan
      (時代・業績別) 

1850 第1回万国博覧会(ロンドン)が開催される。
1859 ダーウィンが『種の起源』を発表。

1865 メンデルが遺伝法則を発見。
1868 明治維新

1875 田中芳男が上野公園(博物館、動物園)を設計。
1879 エジソンが白熱電球を発明。

1883 田中舘愛橘が電磁式の地磁気測定機器を考案。
1883 名和靖がギフチョウを発見。
1884 坪井正五郎らが人類学会を創設。
1885 高木兼寛が海軍の脚気追放に成功。
1885 長井長義がエフェドリンを発見。
1888 牧野富太郎が『日本植物志図篇』を発行。
1889 エッフェル塔が完成。
1889 北里柴三郎が破傷風菌の純粋培養に成功。

1890 田辺朔郎の設計・指揮のもとで琵琶湖疎水工事が竣工。
1890 藤沢利喜太郎がこのころから社会統計・保険論を発表。
1891 小藤文次郎が断層地震説を例証(濃尾大地震)
1893 桜井錠二が分子量測定のための沸点測定法を改良。
1893 下瀬雅允が開発した「下瀬火薬」が海軍の制式に採用される。
1894 日清戦争が始まる。
1894 高峰謙吉がタカジアスターゼを発見。1900年にはアドレナリンの結晶化に成功。
1896 辰野金吾が日本銀行本店を設計・建築。
1897 志賀潔が赤痢菌「shigella」を発見。
1898 伊東忠太が『法隆寺建築論』を発表。
1898 大森房吉が水平振子地震計(大森式地震計)を考案。

1900 南方熊楠が帰国し、生物学と民俗学の研究を精力的に続ける。
1902 木村栄が緯度変化のZ項を発見。
1903 長岡半太郎が土星型原子模型を提唱。
1904 日露戦争が始まる。
1904 加藤茂苞が稲の近代的品種改良を始める。
1905 アインシュタインが特殊相対性理論を発表。
1905 今村明恒が関東地方の地震対策を訴える(のち1923年に関東大震災)。
1905 岡田武松が日露戦争時の天気予報を担当。
1905 真島利行が漆の研究を開始。のち1917年化学成分の決定に成功。
1906 外山亀太郎がメンデルの法則をカイコで証明。
1908 池田菊苗がグルタミン酸塩を主成分とする調味料(味の素)の製造法の特許を取得。
1909 石原純が日本最初の相対論についての論文を発表。

1910 鈴木梅太郎がオリザニン(ビタミン)を発見。
1910 秦佐八郎が梅毒の特効薬サルバルサン606号を開発。
1911 野口英世が梅毒スピロヘータの純粋培養に成功したと発表。
1912 鳥潟右一らが『TYK無線電話』を開発。
1913 一戸直蔵が『現代之科学』を発刊。
1913 柴田雄次が分光分析器による金属錯塩の構造や吸収スペクトルの研究を始める。
1913 寺田寅彦が結晶によるX線回析の実験を敢行。
1914 第一次世界大戦が始まる。
1915 杉本京太が邦文タイプライターを発明。
1915 山極勝三郎らが化学物質による発がん実験に成功。
1916 石原修らの尽力で『工場法』が施行。
1917 中島知久平が飛行機研究所(のちの中島飛行機)を設立。
1918 木原均がコムギの研究を開始、のちにゲノム分析でゲノム説を提唱。
1918 本多光太郎らがKS磁石鋼の特許を取得。

1920 高木貞治が高木類体論を発表。
1920 平賀譲が戦艦長門、陸奥(1921年)などを設計。
1921 大河内正敏が理化学研究所の所長に就任し、再建に努める。
1921 藤原咲平がこのころから渦動論の研究を始め、生涯の研究テーマとする。
1923 関東大震災が起きる。
1923 荻野久作が『荻野学説』(オギノ式受胎調節法)を発表。
1924 豊田佐吉が無停止杼替式豊田自動織機(G型自動織機)を発明。
1925 八木秀次が八木アンテナを発明。
1926 高柳健次郎が世界で始めて電子式受像装置(ブラウン管)による受像に成功。
1927 岡部金治郎が分割陽極型マグネトロンを発明。
1927 増本量がスーパーインパー(超不変鋼)を発見。
1928 フレミングがペニシリンの細菌学的な効果を発見。
1928 仁科芳雄とクラインが『クライン・仁科の公式』を導出。
1928 丹羽保次郎らが東京・大阪間の写真電送(NE式)実験に成功。
1929 世界恐慌が起きる。
1929 黒田チカが紅花の色素成分カーサミンの構造を決定。

1930 永井潜が日本民族衛生学会を創設。
1931 満州事変が起きる。
1932 古賀逸策が水晶による振動子を発明。
1932 松前重義が無装荷通信ケーブルを発明。
1933 今西錦司がカゲロウ幼虫の生態研究で『すみわけ』の原理を発見。
1935 カローザスがナイロンを発明。
1935 新城新蔵が上海自然科学研究所所長に就任。
1935 湯川秀樹が中間子論を発表。のち1949年ノーベル物理学賞を受賞。
1936 中谷宇吉郎が雪結晶の人工製作に成功。
1939 桜田一郎が合成繊維ビロニンを開発。

1941 永田武が岩石磁気の研究を始める。
1945 第二次世界大戦が終わる。
1946 アメリカのペンシルベニア大学でコンピュータENIACが完成。
1946 武谷三男が『弁証法の諸問題』を発表し、思想界で脚光を浴び始める。
1946 本田宗一郎が原動機付き自転車を開発。
1948 伊谷純一郎がニホンザルの生態研究を始める。
1948 朝永振一郎が『くりこみ理論』を発表。のち1965年ノーベル物理学賞を受賞。
1949 小平邦彦がこのころから複素多様体論などの研究成果を発表。のち1954年フィールズ賞を受賞。

1950 朝鮮戦争が始まる。
1950 井深大が日本で始めてのテープレコーダーを完成させる。
1950 香川綾が女子栄養短期大学を創立。
1950 
西澤潤一がこの頃から半導体の研究で業績をあげ始め、その後も光通信に関する分野で発明・発見を続ける。
1952 ワトソンとクリックがDNA二重らせんモデルを発表。
1952 福井謙一がフロンティア軌道理論を発表。のち1981年ノーベル化学賞を受賞。
1954 池田敏雄が国産第1号のコンピュータ『FACOM100』の開発に成功。
1954 後藤英一が日本独自のコンピュータ素子『パラメトロン』を発明。
1955 坂田昌一が素粒子の複合模型(坂田模型)を発表。
1956 早石修が酸素添加酵素を発見。
1956 和田弘が日本初のトランジスタ計算機の開発を指揮し完成させる。
1957 糸川英夫らが超高層大気観測用カッパ6号ロケットの発射に成功。
1957 江上不二夫がリポヌクレアーゼTiを発見。
1957 江崎玲於奈が半導体のトンネル効果を発見。のち1973年ノーベル物理学賞を受賞。
1957 久保亮五が『久保公式』を発表。

1960 原田正純が水俣病の研究を始める。
1961 林忠四郎が星が誕生する時のハヤシ段階を発見。
1964 伊藤正男が小脳プルキンエ細胞の抑制作用を発見。
1964 佐々木正が『電卓開発戦争』の先頭に立つ。
1964 鳥秀雄が開発した新幹線が開業する。
1965 関勉・池谷薫がイケヤ・セキ彗星を発見。
1966 岡崎令治が岡崎フラグメントを発見。
1968 木村資生が分子進化の中立説を発表。
1968 外村彰が電子線ホログラフィー開発に着手。のち1979年実用化に成功。
1969 アポロ11号が月面着陸に成功。

1970 石塚喜明がこのころから開発途上国の農業生産向上に尽力する。
1970 宇井純が公開自主講座『公害原論』を始める。
1970 高橋胱正が薬を監視する国民運動の会を発足させる。
1970 広中平祐が代数多様体の特異点解消問題を解決した功績によりフィールズ賞を受賞。
1971 嶋正利が世界初のマイクロプロセッサ『4004』を開発。
1971 利根川進が免疫グロブリン遺伝子の研究を開始。のち1987年ノーベル医学生理学賞を受賞。
1975 高木仁三郎が原子力資料情報室の発足とともに、その世話人となる。
1977 西塚秦美がプロテインキナーゼCを発見。
1978 森健一が日本で初めて商品化されたワープロを開発。
1979 森重文がハーツホーンの予想を解決。のち1990年、代数幾何学での業績でフィールズ賞を受賞。

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